世界遺産;宮島・厳島神社 6、世界遺産;宮島と厳島神社 「厳島神社の祭神」 日本三景の一つ「厳島」(宮島)は、厳島神社を中心とした島全体をいい、 1996年、世界遺産・文化遺産に登録された。 日本三景は、他に天橋立(京都府宮津市にある砂嘴)と 松島(宮城県松島町を中心とした多島海)があるのは周知であるが、 この二箇所いずれも世界遺産登録に動いたが、 現時点では「厳島神社」以外は登録に至っていない。 日本周遊紀行 日本の世界遺産 旅の記録集 山旅の記録集 世界遺産・日光 |
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主題はブログにリンクします 6、世界遺産;宮島と厳島神社 「厳島神社の祭神」 拝殿内部 厳島神社の社殿は、593年(推古天皇即位元年)に創建されたと伝えられる。 古来から神の降臨する「神の島」として島全体が人々の信仰の対象であり、清浄な場所として崇めれていた。 往年まで、島内に人は住まず、神官も対岸から島を拝していたという。 社殿が、海水のさしひき(干満)する所に建てられているのもそのためであり、海上に浮かぶ大鳥居もそのためであった。 そして、宮島には中世以降人家が建てられたが耕作をしない、死者を埋葬しない風習は現在も守られているという。 大神は古くは九州・宗像神社(筑前国宗像郡玄海町・宗像三女神、筑紫の海上交通の神)の流れを汲む伊都伎嶋(いつきしま)神社ともいい、また厳島大明神とも称した。 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)の女神三神を主祭神として祀られている。 厳島神社が、平氏崇敬を受けて平氏の氏神となった経緯には、当時の大神主の様々な働きかけがあったといわれる。 平家隆盛時、清盛によって造営された社殿は厳島にある本宮(内宮)・本殿以下37棟、対岸の地御前にある外宮が本殿以下19棟を数え、全て完成するまでに数年が費やされたといわれる。 社殿造営は寝殿造り(平安時代貴族の邸宅建築、現在の京都御所がその一例)の建築様式を巧みに取り入れ、美と調和を創造した日本に残された最も優秀美な建築物と言える。 特に本殿は繊細かつ華麗な切妻両流造りで、平安の風格をよく再現している。 厳島神社は、元々は日宋貿易航路の守護神でもあったという。 瀬戸内へ筑紫の国・太宰府から宋人を招聘する一方、平家一門や皇族・貴族の厳島参詣は年々頻繁になり、このための海上ルートがそのまま宋貿易へのルートとなっていったという。 神社へ、貴人の参詣が頻繁になるにつれて、社内の拡大、整備が一段とされるに至ったという。 次回は、厳島神社の神宮寺・大聖院
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