沖縄紀行と案内・5

沖縄紀行Part5:(琉球・沖縄の歴史)     Part6:(沖縄の歴史・古琉球時代)へ
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沖縄紀行(5)沖縄 「沖縄の歴史」



【琉球・沖縄の神話】

沖縄には様々な神話・伝説・昔話が伝えられていて、しかも何万何千という数の神話・伝承・言い伝えが各地域、各地方に伝わっているという。

1745年の尚敬王時代(しょう・けいおう:グスク時代の第13代国王)には、王府における民話集ともいうべき「遺老説伝(いろうせつでん)」が発刊されており、民衆の中に伝承されている説話を記録していたという。 
現在でも民話集の発刊は多く、沖縄県下の殆どの市町村で民話集が編纂され、市町村史の中の民話編として特別に編集、所収しているところもある。

例えば、沖縄の代表的な神話の一つに、「アマミキヨ」という神様が琉球を作ったという話が残っているが、そのアマミキヨが作ったものが世界遺産に登録されている斎場御嶽(セーファウタキ、後記)とされている。

また、古宇利島(こうりじま)をはじめとする幾つかの島には、アダムとイブの神話に似た男女二人を始祖とする神話も残っているという。


久高島の神話伝承・・、

琉球の創世神アマミキヨが天からこの島に降りてきて国づくりを始めたという、琉球神話の聖地の島である。(国内における「天孫降臨」)

琉球王朝時代に沖縄本島最高の聖地とされた斎場御嶽(せいふぁうたき)は、この久高島に巡礼する国王が立ち寄った御嶽であり、久高島からの霊力(セジ)を最も集める場所と考えられていた。

島内には御嶽(うたき)、拝み所(うがんしょ)、殿(とぅん)、(かー)などの聖地が散在しており、中でも島中央部にあるクボー御嶽は久高島の第一の聖域といされて女人のみが許された男子禁制の地でもある。

久高島には琉球王朝に作られた神女組織「祝女、ノロともいう」制度を今でも継承し、12年に一度行われる秘祭・「イザイホー」と呼ばれる祭事を頂点とした、女性を守護神とする母性原理の精神文化を伝えているといい、民俗学的に重要な島であるらしい。

史的には黒潮民族の中で、沖縄の久高島に渡来してきた海洋民族・「アマミキョ」(遠い海から来た人の意)の集団は航海する時、上陸した島で食糧を確保するために穀物の種子を持って移動してきたとも云われ、これが久高島が琉球・沖縄での五穀(稲・麦・粟・豆・黍または稗)の発祥地となった理由らしい。

琉球王府は、この久高島を神の島として崇めることによって国を治めようと考えたのかも知れない。

尚、「斎場御嶽」については、後ほど・・、


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【沖縄の先史時代】

先ず琉球人、日本人の祖先と言われる「港川人」が、琉球列島に住んでいたという。
港川人(みなとがわじん)とは、凡そ1万7000年前に生存していたとされる人類で、1967年沖縄県具志頭村(現在の八重瀬町字長毛)港川の海岸で人骨が発見された。
この人骨は約1万7000年から8000年頃もので石器時代のものとも推定され、原日本人のルーツとされ、発見された地域名をとって「港川人」と名付けている。(詳細後記)

沖縄の最も古い土器が九州の縄文文化に類似していることから、沖縄諸島以北には九州・奄美に住んでいた人々が何らかの理由で南下してきたものと考えられ、これらの人々が作り出した文化のことを沖縄では特に「沖縄貝塚文化」と呼んでいる。

又、琉球民族・「沖縄人」の源流を辿っていくと、今から5〜6千年前に南太平洋から黒潮に乗って琉球列島に北上してきた黒潮民族・漁労集団に当り、南太平洋から北上してきた古いアジア人・モンゴロイド人とも云われる。
故郷の南太平洋島を出た一族は、黒潮に回流する豊富な魚群を追って北へ北へと進み、東南アジア・琉球列島・日本列島まで北上し、上陸して住み着くようになったともされる。

黒潮民族の沖縄漂着から紀元後1,000年ぐらいまでを沖縄では「貝塚時代」と呼び、沖縄諸島沿岸浅瀬の貝類を蛋白源食材としたらしく、沖縄の貝塚時代は縄文時代中期から弥生・平安時代まで長く続いたと云う。

一方では、日本民族の起源と流れについては、よく南方系か、北方系かと議論が盛んであるが、最近の遺伝子工学やDNA鑑定の発達によって日本人の起源が概ね明らかになりつつある。
一つの方向として、「日本民族は北方型蒙古系民族に属し、その大元の起源はシベリアのバイカル湖畔と推定できる」と言う説がある。 
これは日本民族は北海道から沖縄に至るまで、こと遺伝子に関する限り驚くほど等質であること。しかも、日本人集団と幾分の相違を示すアイヌと沖縄琉球の人々とがまったく等質であるとのこと。 

そして、日本人の等質性DNAを海外に辿ると朝鮮半島から北方型蒙古、さらには北方大陸からシベリアに到っているという見解なのである。
つまり、人の流れはシベリヤ付近から次第に南下し北海道から琉球に到ったという北方系の人種が混在したとも言われる。


等質性のあった日本人は、弥生時代に到って変化を見せ始める・・、

縄文後期ともなると、大陸から稲作を含めた大陸文化(弥生文化)が押し寄せ、縄文文化を駆逐しながら全国に広まった。 
例えば稲作は約200年足らずで北海道、沖縄を除く列島全土に広まったとされている。

古くは神話時代のヤマトタケルが九州南部から東北まで遠征し、熊襲、蝦夷を征伐する。
史実上の平安初期においては、かの「坂上田村麻呂」が東北の果てまで遠征に出かけて蝦夷を平定している。 
これらはいずれも弥生文化の覇権のためであって云わば、武装した稲作キャンペーン集団ともいえるのである。 このことは文化面は云うに及ばず、宗教面においても全国に一大革命を起こしたことになり、つまるところ旧来の日本人の姿まで変えてしまったともされている。

ところが、この様な弥生文化の駆逐は北海道と沖縄には全く及ばなかったのであり、本土と並立した弥生時代というのは同時期において両地域には存在しないのである。
従って、遠く離れた蝦夷・北海道のアイヌと琉球・沖縄の琉球人は共通した古代の日本民族の原型を今でも見ることができるといわれる。  

ただ、琉球における古代の文化の流れも、日本の文化の影響を受けていたのは確かなようだが、ただ、当時の「大和朝廷」政権下に服属していたという証し、確証はないともいわれる。

琉球列島のうち宮古島と八重島を総称して先島と呼んでいるが、特に、この地方の文化は、フィリピンやインドネシアなどの南方文化の影響を深く受けているともいわれる。

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